« 1933年のキング・コング | トップページ | 私のしごと館とキッザニア »

2006.01.25

小説版だと…

狸のゴミクションさんから2006.01.15の記事にトラックバックを頂きました。狸のゴミクションさんの記事は不定期 Zの感想 第48話「ロザミアの中で」

オールドタイプを整理する前の回である第48話。久々にフォウが出た、ということもあって当時はかなり印象に残ったものです(「カミーユ、フォウっていったわ…ロザミィなのに…」というファの台詞が気になって…。あとでカミーユにつっ込んでも不思議は無い状況だとは思うのですけど、ロザミィを撃った後のカミーユにつっこむなんてできないですね)。

小説版だと、サイコMk-IIって一番最後に出てくるんですよね。ジ・O退場後に出てくるので…アニメ後に小説を読むと、凄く違和感を感じたものです。小説版だと、結局カミーユが欲しかったのは、正しい形の家族、という印象を受けたので。
父親をイメージするジ・O(体形が似ているのでしょうか…)、母親をイメージするキュベレイ(小説版だと、カミーユは結構ハマーンに憧れていますし。ハマーンはカミーユの前でドレス姿すら披露しますし)。ジ・Oはコロニーレーザーにより消滅するので、もうおかしくなりかけてるカミーユにとって父親はかたがついたようなのですけど、キュベレイは見つけられず、母親の存在を探しているところに、禍々しすぎるサイコMk-II登場、といった感じでした。

あんまり小説版は好きにはなれなかったですが、妙にこびりつく終盤の内容ではあったと思います。


アニメ版に戻ると、この48話で月との衝突を免れたアクシズ。ちゃっかり回収されてΖΖに続くんですよね。避難していたであろう人々も、しっかりと生活に戻っています。一体、どの艦に収容していたのやら…。

|

« 1933年のキング・コング | トップページ | 私のしごと館とキッザニア »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/5980/8319753

この記事へのトラックバック一覧です: 小説版だと…:

« 1933年のキング・コング | トップページ | 私のしごと館とキッザニア »