2005.10.15

日韓歴史教科書比較20

古代5

古代の地方統治と軍事

地方統治と軍事は比較的繋がりが深いものです。比較的韓国の教科書の方が、詳しく記しているようです。 三韓は中央集権的統治組織のもと、地方の省(後に郡に編成)に中央から官吏を派遣します。省を統括する行政区域があり、これは三韓で其々呼び名が異なります(高句麗:5部、百済:5坊、新羅:5州)。 首都については、5ないし6の行政区域をもっていたようです。この辺りは少々記述が分かりにくいのですが、地方の重要区域に特殊な行政区域(高句麗:三京、百済:擔魯、新羅:小京)が設置されたようです。 新羅は統一後、以前の制度を拡大・発展させて再調整を行い、州・郡・県が区域となります。神文王(位681〜692)の頃、9州5小京(金官京、西原京、南原京、北原京、中原京)の制度が整います。 地方官は中央から派遣され、州は総監(後に都督)、郡には太守、県には県令が置かれます。これを監察する外司正をおいています。また、地方の勢力家の統制には、上守吏制度を整え対応しています。 結局は、占領地域の統治機構ということで、反抗地域の住民は特殊な課役(これがどのようなものか記されていません)をあたえ、郷・部曲(これも何か記されていません)へ編入していったとのことです。 渤海についても記されていますが、5京、15部、62州という構造になっています。首都の上京、地方の中京・東京・西京・南京を合わせて5京となっており、地方行政の15部(都督を派遣)、その下の62州(知事を派遣)、州の下には県をおきます。中央から派遣される地方官は高句麗系住民を任命していますが、村落(地方の末端組織)の村長には靺鞨人が任命されています。これは先住民族に配慮した組織形態なのでしょう。

続きを読む "日韓歴史教科書比較20"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.09.17

日韓歴史教科書比較19

大分前に、本来の19は近代を作っていたんですが、作成中に消えてしまいました…。
一旦古代に戻ることにします。

古代4


古代の統治組織


古代の統治組織は、日本・韓国共に、首長を中心とした統治体系となっています。
先に三韓の基本的な統治体制を見ていきます。
  • 首長は国王
  • 地位の高低を表す官等の組織(三韓それぞれ時期によって差がある)
    この差異は、次のようになっています。
    高句麗…大対盧(首相に相当) 以下10余の官等
    百済…佐平(6佐平制により部署が6つ) 以下16余の官等。泗●(さんずいに比)遷都以後、新規に22部の中央官署を設置。
    新羅…伊伐●(冫(にすい)に食:冫食) 以下17官等。発展過程で必要にしたがって機構を設置。兵部・倉部・位和部・執事部などをおき、その他に貴族勢力を代表する上大等があった。
    これらの官等にしたがって、”服の色を違えたりもした”とあります。
    これは、後の日本の『冠位十二階の制』における、徳(紫)・仁(青)・礼(赤)・信(黄)・義(白)・智(黒)の冠の色・飾りとで示された物を思い起こさせます。
    三韓の官制が何時頃の成立であるかは、韓国の教科書には見られません。しかしながら、三韓の成立については、紀元前とあります。成立時期からそのような官制をしいたとは思われませんが、日本での『冠位十二階の制』の成立である603年以前にはほぼ固まっていたと思われます。日本が参考にしていることでしょう。
    ※韓国の教科書は日本の官制に全く触れていません。また、日本の教科書も同じく韓国の官制に全く触れていません。

  • 続きを読む "日韓歴史教科書比較19"

    | | コメント (0) | トラックバック (0)

    2005.05.04

    日韓歴史教科書比較18

    近代2

    大院君については、日本の教科書で記されるのは明治に入ってからのこととなり、壬午事変(1882)がその主たる事件となります。韓国の教科書では、大院君に対し、どちらかというと高い評価をしているように思われます。 大院君について、記されているのは、
  • 王権強化策を推進し、諸外国の通商修好要求を拒否
  • 外戚安東金氏一族を政界から排除
  • 能力主義の人材登用
  • 政治と軍事を分離
  • 『大典会通』『六典條例』を編纂し各種の法典を整備
  • 土地台帳から抜けていた土地を探し出し、地方官と土豪の土地兼併を禁止し田政を立て直そうとした
  • 常民からだけ徴収してきた軍布を両班からも徴集する戸布法を実施。還穀制を社創制に改革して農民の負担を軽減
  • 朋党の根拠地である書院を600余箇所を撤廃し47箇所にした
  • 壬辰倭乱(文禄の役)で消失した景福宮を再建。工事費は願納銭を強制的に徴収、当百銭を乱発して経済的混乱をもたらした。両班の墓地林まで伐採、多くの農民を土木工事場へ徴発し、両班・農民の怨嗟を受けた 一番最後の再建については、全くほめられる物ではなく、政治を混乱させています。しかし、教科書はこの後、以下のように記しています。
    「このように大院君の対内的な王権強化政策は、伝統的な統治体制を再整備して国家機構を立て直し、農民に対する両班支配層の不当な抑圧と収奪を禁止し、民生を安定させることに寄与した」
    最後の項目が無視されたかのように、改革者としての評価となっています。韓国の教科書は年代を読むのが本文からでは難しくなっているので、実施時期の把握が非常に困難です。この最後の項目は、大院君が実権を握って2年経つ頃に始まった事業でした。

    次に年表で見ていきます。

  • 続きを読む "日韓歴史教科書比較18"

    | | コメント (0) | トラックバック (0)

    2005.04.10

    日韓歴史教科書比較17

    近代1

    韓国が最も忌み嫌う時代が帝国主義が幅を利かせたこの時代です。 韓国の教科書では「帝国主義時代の世界」と表題を打ち大枠の解説を行っています。植民地支配という侵略行為を一番に教えておこう、ということでしょう。

    この時期、自由貿易を制限していたアジアの国に対して、産業革命で力をつけた欧州列強が開国を迫ってきます。最初のターゲットは清。アヘンの輸入を拒んだ清に対し、戦争(阿片戦争)を仕掛けたイギリスは大勝利をおさめ、清を開国させます。つまり、欧州列強は武力を用いて開国させてくることが知らされたのです。
    日本では水野忠邦による天保の改革の終わり頃。韓国では大院君による政治の行われている頃です。韓国の教科書では、大院君の政治については内容は詳しく記しているのですが、年号が分からない為、非常に把握しづらくなっています。大院君の登場は1863年。日本にペリーが来航した時より更に10年を待たねばなりません。

    続きを読む "日韓歴史教科書比較17"

    | | コメント (0) | トラックバック (0)

    2005.03.21

    「関ヶ原」後を題材に

    この間、地上波で流れた「あずみ」を観ました。上戸彩嬢主演の奴です。

    あずみ スタンダード・エディション
    上戸彩 小山ゆう 北村龍平 オダギリジョー

    アミューズソフトエンタテインメント 2003-11-21
    売り上げランキング : 5,571
    おすすめ平均

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    原作を読んでいるわけでもなく、上映時にも興味は特に惹かれなかったのですが、ここ近年では非常にテレビでよく見る上戸嬢なので、なんとなく見たくなってしまったのでした(初めて上戸嬢をテレビで見たのはガンプラCMでしたけど)。
    少年少女が刺客となって、関ヶ原後に豊臣を助ける可能性のある大名を暗殺していく、という話でした。コスチュームなどを見ていると忍者物に見えるのですが、主人公は「忍び」ではないですね。なかなか面白いとは思いましたね
    。題材的には好きな為でしょう。個人的にこのような忍者物をどうしても好んでしまいます。
    今作で暗殺されたのは浅野長政、加藤清正。上映中の「あずみ2 Death or Love」の暗殺対象は真田昌幸です。
    ところで…順番が違わなくないですか?
    皆、慶長16(1611)年死去ではありますが、
    ・浅野長政(04/07)
    ・真田昌幸(06/04)
    ・加藤清正(06/24)
    となるので、この3人では清正が最後に死んでいます。

    このように突っ込んでしまいたくなるのは、同様の題材の物を昔読んでいたからです。

    真田剣流 (1)
    白土 三平

    小学館 1999-05
    売り上げランキング : 349,213

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    真田剣流 (2)
    白土 三平

    小学館 2000
    売り上げランキング :

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools
    かなり昔に読んだのですが、今でも好きな作品です。真田忍軍に伝わる不思議な剣法と謎の暗殺術丑三の術。それを巡る忍者の戦いと徳川の思惑等、魅力的なものでした。柳生はサスケで覚えたけど、天海はこの作品で覚えたように思います。

    続きを読む "「関ヶ原」後を題材に"

    | | コメント (0) | トラックバック (0)

    2004.11.22

    小田原攻め前の駆け引き

    家康、秀吉の配慮に礼状 小田原攻め前に綱引き? - asahi.com : 文化芸能によれば、徳川家康から豊臣秀吉への書状が京都の旧家で見つかったそうです。

    天下統一を前に秀吉は1589年、全国の大名に妻子を京都へ送るよう命じたが、家康の息子・長丸(おさまる)(秀忠の幼名)の上洛(じょうらく)については猶予したことがわかる内容で、家康の手紙はその返礼。天下統一の最後の関門といえる小田原攻めを前に、秀吉が家康の協力を得るため、気を使っていたことがうかがわれる。

    1590年に小田原攻めが行われるわけですから、その一年前から秀吉は諸大名の妻子を大坂へ人質として置かせたのでしょうね。そうすると、名胡桃城奪取が北条方に行われなくても、遠くない時期に動いたのでしょうね。単なる口実の一つに過ぎなかった訳でしょう。
    家康は、秀吉に養子を送って同盟関係を結ぶ一方、北条氏にも養子を出していた。

    秀吉の養子になったのは於義丸(結城秀康)ですが、北条に家康からの養子っていましたっけ…。氏直に娘の督姫を嫁がせているというのが、よく知られている事実だと思うのですが…。

    続きを読む "小田原攻め前の駆け引き"

    | | コメント (0) | トラックバック (0)

    2004.10.23

    日韓歴史教科書比較16

    史書の編纂1

    中国では紀元前の昔から編纂されていた歴史書ですが、日本・韓国共に遅れています。教科書に記載されている時期を見ていきます。
    日本韓国
    最初の記載 漢字・学術伝来を背景として「帝紀」「旧辞」がまとまられたと考えられる(A.D.6) 高句麗にて「留記」、これを李分真が整理して「新書」。百済では高興が「書記」、新羅では居柒夫が「国史」を編纂したとされる(新羅でA.D.6)
    初めは紀元6世紀と記しているようですが、どちらも現物が無いようですので(韓国の方は編纂したと断定した書き方です、)この時期が正しいかは不明です。
    日本韓国
    7世紀前半 推古朝にて、聖徳太子が「天皇記」「国記」を編纂したとされる(A.D.7) (中世まで特に記述なし)
    7世紀後半 天武天皇が国史の編纂着手を指示 (中世まで特に記述なし)
    8世紀前半 「古事記」完成(712)。中国史書に倣った「日本書紀」完成(720)。 (中世まで特に記述なし)
    9世紀後半 (六国史編纂等の作業は行われている模様) 新羅「三代目」編纂(888)
    10世紀前半 六国史(続日本紀、日本後紀、続日本後紀、日本文徳天皇実録、日本三代実録)成立(901) 「王朝実録」編纂(11世紀初め頃に焼失)。「旧三国史」?
    11世紀 (特に記載なし) 黄周亮らが高麗の太祖〜穆宗までの7代実録を完成。他、朴寅亮「古今録」をはじめ、編年体の書が多くかかれた。
    12世紀 「大鏡」(1131頃) 金富軾ら紀伝体の「三国史記」
    大まかな流れはこのようになっています。高麗での史書編纂は儒学的歴史叙述体系が確立してから編纂されるようになっています。形を倣うのは日本が早くから行っています。お陰で史書が続けて作られています。韓国の場合は、新羅での編纂が遅く、また三国史記に至っても三国成立順を異ならせています。

    | | コメント (0) | トラックバック (0)

    2004.05.15

    三角縁神獣鏡、一部は中国製?

    MSN-Mainichiに掲載されていた記事から。
    邪馬台国論争の一つの題材である三角縁神獣鏡の組成分析を行った結果、魏・晋時代期の中国製の鏡としていることが分かったそうです。兵庫県のSPring−8で分析された結果とのこと。
    三角縁神獣鏡は、魏書烏丸鮮卑東夷伝で、魏の明帝が卑弥呼に与えた鏡ではないか、と推測されている鏡です。多量に日本から出土する割には、中国では出てきません。神獣鏡は出土するのですが、その縁の形状が独特なのです。基本的に近畿から瀬戸内海沿岸に出土例が多いため、中国製ということが組成上判断できれば、畿内説の指示にまわることになるでしょう。
    播磨学研都市のSPring−8、最近地味でしたが、これで注目をあびればいいのではないかとも思います。

    | | コメント (0) | トラックバック (0)